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A175A型ランサーEXターボ 〜輝きに魅せられた奴らよ・・・〜

 

 どのメーカーにもイメージリーダーというのが存在している。
 たとえば、トヨタの場合、良くも悪くもカローラ。
 あれほどの怪物大衆車というのは今後どうあがいても生まれるものではない。

 また、最近、国内2位に踊り出たホンダの場合だとシビック。
 これもまたホンダが世界中で売っている大衆車でありつつも、モータースポーツファンにはお馴染みのクルマであり、スポーツイメージをもつホンダらしいイメージリーダーだと言えるだろう。

 日産は間違いなく自らの持てる技術力をすべてに渡って押し出したスカイライン。
 世界的に見ればフェアレディZのほうが日産のイメージリーダーにはふさわしいのかも知れないが、日本国内で見ればやっぱり良くも悪くもスカイラインが日産のイメージリーダーというにふさわしいだろう。

 そして、マツダはRX−7でマツダが唯一無二の技術として誇るロータリーエンジン搭載のスポーツカーがイメージリーダー。
 世界唯一のロータリーエンジンを搭載したマシンは現在、フォード傘下に収まってしまったマツダが唯一持つことが許されているイメージだといえる。

 スバルは比較的新しくレガシィがイメージリーダーとなっており、ダイハツはミラ、スズキはアルトといったところか・・・。

 そのとき、さて三菱のイメージリーダーは何だ?となったとき、やはりこのクルマの名を挙げない訳にはいかないだろう。
 それは
ランサーだ!

 
「えっ、ギャランやパジェロじゃないの???」

と思われた方もいるかもしれない。
 しかし、常に三菱の技術を前面に押し出し、三菱らしさを余すことなく知らせているのは間違いなくランサーだ。
 過去のサファリラリー優勝に始まり、最近では4年連続でWRCドライバーズタイトルに輝くランサーこそ三菱のイメージリーダーというにふさわしい。

 しかし、三菱の手のひらを返し続けるかのような経営戦略にもっとも振り回されたのもランサーだ。
 車格的に似通ったクラスであることから、ミラージュとの兄弟車にされたりもしている。
 実はランエボとして名前が売れ始めた5代目ランサーもミラージュとは兄弟車に過ぎないのだ。

 今回はそんなランサーの中でももっとも三菱らしさを教えてくれるランサーを紹介しよう。
 それが
ランタボこと、A175A型ランサーEXターボである。

 まずはこのカタログ表紙をじっくりと見てもらいたい。
 この
「ハコ」と呼ぶにふさわしいボディデザイン。
 こんなデザインのクルマはこれからもまず出てこないだろう。
 これ以上に直線的なデザインを用いたクルマは、B12サニーぐらいしか知らない。
 (B12サニーは直線定規だけでクルマを書くことが出来る唯一のクルマである)

 また、このカタログ表紙を見て欲しい。
 まさに、
オトコが乗るためのクルマというぐらい硬派である。

 しかも、細かい部分を見ていけば、このカタログ表紙だけでも
驚愕モノである。

 このカタログをよく穴が開くまでじっくりと見てもらいたい。
 何か気付きはしないだろうか・・・???

 そう、「TURBO INTERCOOLER」と書かれたフロントナンバープレートの後ろに潜む
そのブツである。当時のターボ車としては異常なまでにインタークーラーがバカでかいのだ!!
 この当時、こんなにでかいインタークーラーをフロント前置きにしていたのは、後にも先にも三菱車だけである。(インタークーラー無しのクルマも当時は多かった)
 同時期に出ていた日産スカイラインRSターボのインタークーラーなんて、ランサーのインタークーラーと比較すれば、おもちゃ同然と言えるほどの小ささである。

  三菱ランサーEXターボのカタログ表紙

 そんな特徴的なランサーEXターボなのだが、実は2代目発売当初からターボが存在していた訳ではないのだ。
 最初はごく真っ当なセダンとして、1979年(昭和54年)に生をうけたランサーEXにしか過ぎなかった。
 エンジンも初代ランサーから引き継いだ1.6LのSOHCエンジンが主力に過ぎず、最高馬力もわずかグロス表示で86馬力にしかなかった。


実はこれがランタボのベースなのだ。(^^;)

 しかし、当時、日産がセドリック&グロリアにターボチャージャー機構をつけたL20ET型を搭載したことにより、情勢が変化!
 排ガス規制により、苦しんでいた各社がこぞってターボをつけたエンジンを搭載し始めるのであった。

 そして、ターボにもっとも執着したのが実は三菱であり、三菱は自社の中核車種に留まらず、全車種にターボエンジンを搭載する計画を推し進めた。
 当然、ランサーもその対象に当たっており、1982年(昭和57年)ついにランサーにターボ搭載車種が発売となった。
 それがランサーEXターボである。

 この時はまだインタークーラーが装着されず、馬力も135馬力であった。
 しかし、
やはり三菱!やることが違う!!
 スタリオン同様、その翌年には
インタークーラーを装着し、一気に馬力を160馬力まで上げてしまったのだ。

 それまで、ごく真っ当なファミリーセダンでここまでやったクルマはなかったのだ。
 いや、スポーツカーと名乗っていたクルマでもここまでやったクルマはなかった。(これは当時の運輸省の方針もあったかと思いますけどね。速そうなクルマにホントに速いエンジン載っけちゃマズイでしょ?暴走族やら排ガス規制もありましたし)
 それこそ、今でいうランエボやインプレッサWRXみたいなものである。

 これに飛びついたお父さんや若者も多かったのだが、目ざとく一気に飛びついた奴らがいた。
 それは
日本国内で競技ラリーをしている奴らである。
 当時の全日本ラリーは安全装備以外はほぼフルノーマルで戦われていたので、競技車にするベース車が戦う上においては大きくモノを言ったのだ。

 当然ながら、これら競技の世界ではランサーはベストセラーとなり、レオーネとファミリアの4WD軍団が出てくるまでランサーはカローラレビン(AE86)とともに愛されつづけたのであった。

 また、三菱はかつてサファリラリーで勝ち取った栄光を取り戻すべく、ランサーをWRCの場へと持ち込んでいる。
 ベースとなったのは、ランサーEXのヨーロッパ仕様。

 こいつには国内車種とは違い、スタリオンなどに搭載されていた
2Lのインタークーラー付きターボエンジンが搭載されており、国内仕様よりはさらに狂暴なマシンであった。
 三菱はこいつをWRCグループ5に参戦させた。

 マシンの力としては十分なものを持っていたのだろうが、いかんせんその当時のWRCはグループB開戦前夜!
 すでにアウディクアトロがその猛威を奮い始めた頃であり、ランサー自身の初期トラブルなどの解決にも戸惑ったため、大きな戦績は残すに至らず、1000湖ラリーでの3位入賞が最高位であった。


疾走するランサーEXターボ(写真は1000湖ラリーだと思われる)

 その後、ランサーはWRCからも撤退し、その活躍の場は国内ラリーのみとなった。
 そして、昭和62年に3代目ランサーへとバトンタッチし、その歴史に幕を閉じるのであった。

 しかし、この頃のランサーは最も輝いていた時期だと言っても過言ではないだろう。
 事実、このランサーに魅せられた奴らは多く、発売中止から13年経過した現在もランサーEXターボは愛され続けている。

 それはあくまでランサーがランサーであり続けたからであり、またその過激さを現在のランエボのようにキレイに見繕うことをしなかったからだろう。

 
そして、ランサーEXターボは生き続ける・・・
 
その輝きに魅せられた奴らによって・・・

 

 

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